【バンド小説】FooLs 第3話「夢みる 後編」

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「あの…」

「ん? あ、ごめんねー。今日はもう終わりにするところなんだ」

唐突に話しかけて来た俺にも嫌な顔一つせず、笑顔で答えてくれる。

それでも、何かを言おうと口を開いたり閉じたりする俺を不思議そうに見上げて来た。片付ける手は止めることなく、首を傾げる。

俺自身も考えて話しかけたわけではないから、何を言えばいいのか分からず頭が真っ白になってしまった。それでも何か言わないと、と無理やりにでも口を動かす。

「どうしたの? 私に何か用だった?」

「……えっと、その…さっきの曲なんですけど…」

「さっき、というか最後の曲かな。あれ、私のオリジナルなんだ! どうだった?」

「……すごく、良かったです」

「えへへ、ありがとう!」

「……変な話なんですけど。なんか、俺の事を言っているような歌詞で」

そこまで勢いで口にしたところで、こんなこと初対面の男に言われたらさすがに気持ち悪いか、と慌てて弁解しようとした。

すると、女性は何やら訳知り顔でうんうんと頷いていた。

「なるほど。つまり、君も何かに迷ってるんだね?」

「…はい?」

「中学生かな? ということは、初めて進路に迷うお年頃だねー」

まぁ座りなー、と自分が腰かけている沿道の隣をパシパシと叩く。一瞬迷ったが、小さく頭を下げて腰を下ろした。

片付けた荷物を足元の通行に邪魔にならない場所に寄せ、改めて俺の方へと体ごと向ける。

女性のどこか真剣な表情に、俺もつい姿勢が伸びた。

「私の名前はマキっていうんだ。この辺では最近からストリートで活動してる。君は?」

「…宏隆っていいます。中学2年です」

「ヒロ君ね、よろしく!」

差し出された手を握り返すと、予想より強い力でブンブンと縦に振られた。いきなりあだ名で呼ばれたが、不思議とこの女性???マキさんに呼ばれても嫌な感じはしない。

人懐っこいというか、「良い人」っていう雰囲気がある。笑った顔も、無垢な少女のような純粋なものに感じた。

写真撮りたいな、と思ってしまう自分にまた心の中で溜息をつく。

握った手を放すと、マキさんの視線や空気に促されながらポツポツと言葉にする。

「俺には、写真家になるっていう夢があったんです。でも…小学校の時にちょっと挫折しちゃって。それから写真を撮ったり、誰かに見せたりするのが怖くなったんです。

それに、写真家なんて簡単になれるわけない。もちろん努力が必要なのは分かってますけど、それよりも才能がものを言う世界だと思うんです。

写真家の世界だけじゃなくて、『プロ』って呼ばれるようになるには、仕事として成り立たせる為には努力だけじゃ足りない」

担任の先生に写真を馬鹿にされた後も、諦めまいと努力はした。いろんな雑誌を読んだり、写真家の叔父がいる田舎の家にまで行って教えを乞いたり。

その結果、分かったことが「才能不足」だった。

どれだけ写真を撮っても、雑誌に載っている写真と比べれば見劣りする。

どれだけ写真を撮っても、叔父には技術じゃ天と地の差。

すでにプロな人達と比較するなんて無謀な、と思うかもしれない。でも、そうでもしないと俺はプロになれないんだと、本気で思っていた。

「別にプロより勝った結果がほしかったわけじゃなんですよ。ただ、少しでも近づければ……近づけたと思えたら、また堂々と『写真家になりたい』って言えるようになるって考えてたんです」

「近づけたと思えなかったから、写真家になるのは諦めたの?」

「…はい」

「ふふっ。でも、その顔はまだ諦められないって顔だなぁ」

クスクスと笑われ、やっぱり俺は初対面の人から見てもそう思えるのか、と今度は本当に溜息をついた。

真斗もきっと、俺がまだ写真家を諦めきれていないんだと見ていて分かるんだろうな。

「ねぇ、ヒロ君。今、ヒロ君が撮った写真とかってある?」

「えっ」

「スマホで撮ったのでいいからさ、見せてほしいな!」

お願い、と手を合わせるマキさん。人に自分で撮った写真を見せなくなって暫く経つ。

また馬鹿にされたら、と不安が頭をよぎるが、それと同時に、マキさんなら大丈夫だろう、とも思った。まだ会って10分ちょいだが、それでもマキさんが人のものを馬鹿にするような人じゃないのは分かる。

とは思ってもウジウジと悩みながらもマキさんの視線に根負けし、最終的にさっき歩道橋の上から撮った写真をみせることにした。

どんな反応をされるのか怖くて、スマホを渡して俺は視線を遠くに向ける。そういえば思ったよりも時間が経ってしまったな、と頭の片隅で思い出した。まぁ、ちゃんと説明すれば理解してくれる両親だから、問題ないか。

チラチラと横目でマキさんの方を窺いながらも、ちゃんと表情を見るほどの勇気は出なくて。

「いいじゃんかぁ!」

だから、突然マキさんが大声を出した時は本気でビビった。

あまりの大声に通りを歩いていた人達も何事かと視線が集まるが、マキさんは全くそんなこと気にしていない様子。

俺のスマホの画面をガン見しながら、何故か俺の腕をバシバシ叩いてくる。

「ちょっと、何が才能ないって? なーに言ってんの、こんな素敵な写真撮れるんだよ?」

「…ちょ、マキさん落ち着いて。それに、そこまで凄い写真じゃないですよ、それ」

「いーや、凄いね! ヒロ君がなんと言おうと私はこの写真は凄いと思う! 感動した!」

「……感動、ですか?」

ドキッとするようなことを言われ、思わずマキさんの顔をみつめる。

未だ彼女の視線はスマホへと向けられてはいるが、横顔だけでもマキさんが嘘をついているとは思えなかった。

キラキラとした瞳と興奮したような笑みは、俺が写真家の作品を眺めている時の表情と同じだ。

「そうだよ。へぇ、スマホってこんなに綺麗に写真撮れるんだねぇ。私なんか手ブレしないようにするだけで精一杯だし」

「……まぁ、そこは基本として練習しましたし…」

「凄いじゃん、ちゃんと練習の成果も出てて」

「これくらいは、練習すれば誰だって出来るようになりますよ」

「うん、そうだろうね。でも、誰だって練習しようとは思わないよね?」

思ってもみなかった言い方をされ、とっさに何も言葉が出てこない。

そんな俺を見て、クスリと笑ったマキさんは俺にスマホを返してきた。反射的に受け取ると、スマホを手にした俺の手に、マキさんは自分の手を重ねて来た。

「いい? ヒロ君に足りないのは才能なんかじゃないよ」

「……じゃあ、何なんですか?」

「覚悟だよ。周りから何を言われたって、たとえ批判されたって『これが自分だ!』って言い切る覚悟」

「覚悟……?」

ポカンとした顔で繰り返し呟く俺を、マキさんはまるで子供に対して語り掛けるようにゆっくりと、俺と目を合わせながら話す。

「音楽の世界もね、確かに才能や技術は必要だと思う。でも私は、それ以上に大切なのが『覚悟』と『想い』だと思うんだ。

この世の中で万人に快く受け入れてもらえるような物を作るなんて無理なんだと思う。好きだと言ってくれる人達がいれば、それと同じくらい嫌いだと言う人達もいる。

それでも、私は大勢の嫌いだって言う人達の中心に立って『これが私だ!』って叫べる覚悟があるよ。

そんな状況になったとしても『音楽が好き』って言える変わらない想いがあるよ。

…ヒロ君には、それがある?」

今までの優しく明るい雰囲気は薄まり、何かを見定めるような静かな視線を向けられ俺は息を呑んだ。

そしてマキさんに言われた言葉に、「イエス」と答えられない自分に絶句した。

俺は今まで、本気で写真家という仕事に向き合ってきたつもりだった。そのうえで、夢を諦めたのだと。

だけど本当は、向き合ってすらいなかったのかもしれない。

少なくとも俺は、今、目の前で俺を見据えるこの人と視線を合わせた状態で、彼女と同じ土俵に立っていたとは言えない。

「いい? ヒロ君。私はね、プロっていうのは才能がある人だけがなれるなんて、ただの言い訳だと思ってる」

「…言い訳」

「だって、そもそも才能って何を指してるの? ブレないように撮る事? 画質の良い写真を撮る事?

言っちゃ悪いけど、そんなのちょっと性能の良いカメラで練習を積んだら素人だってクリアできちゃう問題だよ。要は技術!

ヒロ君も自分で言ってたもんね。『これくらいは、練習すれば誰だってできるようになる』って」

「……」

ついさっき自分で口にした言葉をマキさんに返され、何も言い返せず黙り込む。

才能…そうだ、才能ってなんだろう。

手ブレも、画質も、練習を積んで努力を重なれば、身に着けられる技術だ。マキさんの言う通り、今じゃカメラの性能が良ければ初めから問題にならない事もある。

それなら、俺は一体これまで、何を指して才能と呼んでいたのだろうか。

夢と向き合うことを止めたあの時から俺は、いつも「才能がないから」と心で呟いてきた。

だけど、それは「否定されるのが怖い」という本音を隠す為の、ただの建前ではなかっただろうか。

「写真家だろうと音楽家だろうと、プロになるのは簡単な事じゃない。もちろん才能はあるに越したことはないし、技術は身に着けた方が良いよね。

だけど、才能があっても技術があっても、それだけじゃプロではないよ。プロだなんて、言えないよ」

「……マキさんは」

「ん?」

「マキさんは、プロですか?」

俺の問いに、一瞬だけ不思議そうな顔したマキさんだったが、すぐに照れ臭そうに笑って俺の手を放した。

その時になって、ずっと彼女に手を握られていた状態だったことを思い出し、何故か俺まで照れ臭くなった。

目が合うと、どちらからともなく苦笑を浮かべる。

向き合うように座っていたのを、落ち着いて話せるよう前を向いて座り直した。そんな俺達の前を、帰りを急ぐ人の流れが過ぎ去っていく。

地面に降り積もった雪に、数えきれないほどの足跡が刻まれる。それは一つとして同じものはなくて、まるで芸術作品のようだと思った。

「私はねぇ……そうだね、プロ、ではないかな。まだね」

「まだ…」

「そう、まだ。でも私は絶対に、胸を張ってプロだって言えるようになる。その覚悟は、もうとっくにできてるよ」

「…怖くは、ないんですか? もしかしたら、誰からも評価されない時が来るかもしれないのに」

「あははっ。怖いよ、もちろん。それでも音楽が好きなだけ」

そう口にするマキさんだが、言葉にされた内容に比べて彼女の表情は明るい。

きっとそれが、マキさんの言うように『覚悟』があるかどうか、その差なんだろうなと何となく理解した。

俺は写真家になりたいと本気で言っていた時だって、マキさんほど前を、己の夢を見据えた目をしていなかったように思える。

そう考えたら、彼女のことを「羨ましい」と思うと同時に、俺の心には「負けたくない」という感情が僅かに頭を出した。そのことに自分が一番驚いた。

俺はまだ、自分が考えているほど写真家になる夢を捨て切れていないらしい。

そのことを何故か分からないが、真斗と帰宅途中に言葉を交わした時よりも、両親と進路について話をした時よりも、すんなりと認めることができた。

はは、と無意識に口から笑い声が漏れた。鏡を見なくても、自分が今、なんとも情けない表情をしているのは分かる。

マキさんのように正々堂々と夢と向き合うには、俺にはまだ無理だ。

だけど、夢を見ることはできる。どんな自分になりたいのかを、想像することはできる。それは本当に眠っている時に見るユメのように、まだまだ曖昧なものだが。

向き合うどころか、見る事すら諦めていたこれまでの俺には、かなり進歩、だと思う。

その時、ふとマキさんが歌っていた曲の歌詞が頭に浮かんだ。

「…さよなら夢のかけら、もう探さないよ……そうやって諦めるのが、大人ってことだろ」

「おっ、なかなか上手じゃん! さっき一回聴いただけで覚えたの? やっぱりヒロ君、頭良いんだね!」

「えっ……こ、声に出てました?」

心で歌っているつもりが、無意識のうちに声に出していた。しかもマキさんにはしっかりと聴こえていたようで、恥ずかしくて顔が熱くなった。

マキさんはマキさんで、続きも歌えとばかりに笑顔で促してくる。

彼女の曲なのだから自分で歌えばいいだろ、と思いつつもマキさんの目を見るとどうしても言い出せず、渋々続きを歌った。

「…さよなら子供の僕、もう夢は見ないよ……そうやって生きるのが、大人ってことだろ……なら大人になんかならない…そう叫ぶ、子供の僕」

「いいね! いいね! いやぁ、自分の曲を歌ってもらえるって嬉しいなー」

こっちは死ぬほど恥ずかしいのですが、と呟くように抗議するも笑われるだけだった。

それでも、楽しそうに嬉しそうに笑う彼女を見ていると「ま、いっか」という気持ちになるのだから、これが『マキ』というアーティストの魅力なのだろうなと思う。

つられるように俺も笑みを浮かべた。

「お、笑った!」

「はい?」

「ヒロ君、さっきからずーっと難しい顔してるんだもん。確かに自分の将来のことなんだから、真面目に考えるのは当たり前だけどさ。

私はね、夢ってのは笑って話すことだと思うよ。だってワクワクするじゃない! あと何年後には自分が成りたい姿になってるのを想像するのって!

そうやって楽しみながら、その未来を勝ち取るために頑張る。それが夢を叶える秘訣だよ!」

お姉さんからアドバイスだよ、と俺の頭をポンと叩くマキさん。

その姿は、確かに自分よりも年上の人なんだと思えるような、そんな雰囲気があった。

「そうだ! 特別にさっきの歌、もう一回歌ってあげよう!」

「え、でも今日はもう終わりって」

「良いの! というか私が歌いたい気分なの!」

そういって、せっかく片付けたギターをケースから取り出した。

ギターを構えたマキさんに、通りを歩く人達が少なからず視線を向ける中、特に緊張した様子もなく、自然に彼女は歌い出した。

『無邪気だった僕 手を伸ばした先に

 暖かいそれは 夢というらしい

前だけを見つめて なんでもできる気がしたんだ

それが いつからだ

下を向いて ポケットに両手突っ込んで

何も目に映らない

さよなら夢のかけら もう探さないよ

そうやって諦めるのが 大人ってことだろ?

さよなら子供の僕 夢はみないよ

そうやって生きるのが 大人ってことだろ?

なら大人になんかならない そう叫ぶ子供の僕』

ふぅ、と息を吐くマキさん。そして、出会ってから今までで一番の笑顔を見せた。

俺は、彼女の音楽に惜しみない賞賛の拍手を送った。音楽でここまで感動させられたのは、生まれて此の方、初めてのことだ。

拍手を送ったのは俺だけじゃなかった。その時、通りを歩いていた人達の中には、わざわざ足を止めてまでマキさんの音楽に耳を傾ける人も少なくなかった。

予想外の反応にマキさんも驚いたようだが、それでも笑顔で会釈している。

マキさんがギターを片付けたので軽くできていた人垣も崩れ、また秩序のある人の流れへと戻っていった。

ケースを鍵を閉め終えたマキさんは、嬉しそうに笑みを浮かべていた。

「えへへ、やっぱり喜んでもらえるのは嬉しいなー」

「マキさんの音楽は、それだけの魅力がありましたよ。俺も写真、撮りたくなりましたもん」

「え、ホントに? せっかくだから撮ってくれても良かったのにー」

そういって謎のポージングをするマキさんに、思わず吹き出す。

歌っている時の彼女は、本当に凄かった。音楽には疎い俺だが、ギターや歌が凄く上手いとか、そういう話じゃなかった。

真っすぐなマキさんの音楽への想いが、覚悟が、音になって現れているようで。それが彼女自身を彩って、輝いて見えた。

なのに普通に話すマキさんは少し抜けていて、演奏中とのギャップについ笑ってしまった。

「うんうん、良いね! 写真のことを話す時のヒロ君は、本当に楽しそう!」

「…そうですね。楽しいです。写真を見るのも、撮るのも、それを誰かに見てもらうのも、本当は楽しいし???大好きなんですよ、俺」

「私も! 音楽を聴くのも、歌うのも、誰かに聴いてもらうのも大好き!」

まるで張り合うように口にする俺達は、顔を見合わせて笑いあった。

その後、通りかかった警官に声を掛けられて慌てて俺はその場を後にした。マキさんはやはり成人しているようで、特に急ぐことなく手を振って俺を見送ってくれた。

またいつか、とも言えないままだったのを俺が思い出したのは、家に辿り着いた頃。

両親は珍しく帰りが遅くなった俺を心配していたが、それでも説明すれば笑って許してくれた。

そんな2人に、俺は改めて進路の話を持ち掛けた。

夕飯を食べリビングに面と向かって座って、本気で話をした。

写真家になりたいという夢、小学生の時にあった出来事、そして今、俺が考えている「これから」のこと。

「俺、高校を卒業したら叔父さんのところに行きたいんだ。そこで、本気で写真の勉強がしたい。

もちろん、父さんが私立の高校へ行ってほしいと思ってるのなら私立に行く。でも大学は…」

そこまで一気に話し、俺は恐る恐る両親の顔を窺った。

もしかしたら、怒られるかもしれない。反対されるかもしれない。……馬鹿に、されるかもしれない。

決心しても簡単には考え方を変えられなくて、両親にまでそんな疑いを持つ自分に呆れる。

だけど、父さんも母さんも、怒ったり馬鹿にしたりすることなく、それでいて優しい笑みを向けてくれた。

「ふふ、ちょっと安心したわ」

「え?」

「宏隆ったら、自分からは『何がしたい』って滅多に言わないんだもの。もしかしたら、趣味もないのかしらって思ってたのよ」

「あぁ。小さい頃は俺の兄貴のところで、よく写真を眺めてはカメラに触れていたのに、中学生に上がる頃にはそれもパッタリなくなったからな。

何かあったのだろうとは思っていたが、それでも宏隆なら自分で答えを見つけられるだろうと、母さんとこの話はしない約束していたんだ」

「そう、だったんだ」

「だが、写真家になると決めたんだろう?」

優しい眼差しと口調の父さんの言葉に、俺は頷く。

プロの写真家になるという夢に向き合うには、まだ俺には覚悟が足りない。それでも、写真家になる夢は捨てられない。

だから、少しずつでも進もうと思った。まずは写真家に、それからプロに。

俺の反応に、父さんと母さんは顔を見合わると何故か父さんが席を立った。

「ちょっと待っていなさい」

そう言い残してリビングを後にした父さんは、少しして戻ってきた。その腕には何かの箱が抱えられていた。

不思議そうに眺める俺に、腰を下ろした父さんはその箱を差し出してきた。

「開けてみなさい」

「…うん」

両親に見守られながら、俺は箱のふたを開ける。そして、中身を見て固まった。

そこには、プロが使うような本格的なカメラが入っていた。

バッと顔を上げた俺に、父さんが照れ臭そうに頭をかいて説明してくれる。

「いつか、お前が写真家を目指したいと決めた時にあげようと、母さんと用意していたんだ」

「本当はお誕生日とか、特別な日にあげようと思っていたのだけど。でも、宏隆が自分の将来を決めた日だもの。今日はもう十分に特別な日だわ」

そう微笑む2人に、俺は若干泣きながら頭を下げた。

俺が1人で悩んで夢を諦めようとしていた時だって、両親は俺を信じていてくれたのだ。写真家になる夢を抱いていた、子供の俺を。

夢を諦めて、現実をみる事が大人になる事だと思っていた。だけど、そんな大人に無理になる必要なんてない。

夢を抱くのが子供だというのなら、俺は子供のままであろう。

それから俺は両親と進路の話をして、いくつかの約束をした。

まずは、高校は公立で構わないが必ず成績は上位にあること。

そして、高校在学中に写真のコンテスト等で一度は優勝すること。そのために、夏休み等の長期休暇は叔父の家で練習をすること。

その後、大学に行くか、それでも写真家を目指して叔父の下へと行くかは俺に任せると言ってくれた。

本当に良い両親だと、話が終わった後に改めて俺は2人に感謝の気持ちを込めて頭を下げた。

俺を信じていてくれた両親の為にも、そして今日出会ったマキさんという恩人の為にも、覚悟を持とうと決意した。

**********

マキさんという音楽の道を歩む女性と出会った夜から、4年が経った。

俺は父さんとの約束通り、夏休みなどの長期休暇を使って叔父のもとへと通いながら写真の勉強や練習を重ね、在学中で写真コンテストで優勝することができた。

卒業後は叔父の家へと引っ越し、今もまだ教えを受ける立場ではあるが、少しずつ仕事を貰えるようにもなった。

写真の勉強と仕事を繰り返していたある日、珍しく真斗から連絡が入った。成人式の後にある2次会の話だ。

「そうか、そろそろ成人式も考えとかないといけない時期かぁ」

『俺は行かないでも良いんだけどな』

「俺も……あぁ、でも皆の写真を撮ったりしたいな。記念にもなるし」

『…お前、本当に写真バカだよな』

あの頃に比べれば良いことだけど、と呟かれた言葉は聞かなかったことにした。

中・高の昔話を暫くしていると、何やら真斗の電話から騒がしい声が聞こえて来た。どうやら近くに人がいるらしい。

「女の子の声がするけど、もしかして真斗にも彼女が出来た?」

『違う。バイト先の常連みたいなもんで……』

『ちょっと、マサ君! 私は君のバンド仲間でしょうが!』

『あー、はいはい。そうですね』

『ちょっと投げやり過ぎない!? それにさっきから誰と長電話してるのー? もしかして、彼女とか!?』

『だから、違います‼ アキさん! マキさんのことちゃんと抑えといてくださいよ!』

『無茶言うな!』

「……マキさん?」

その時、電話から聞こえて来た女性の声、そして真斗の口から出た「マキさん」という名前に、俺の頭の中にあの夜が思い浮かんだ。

またいつか、と言えないまま、彼女はあの場所へは演奏に来なくなった。近くを通りかかっても、あの自然と耳に入って来るような歌声は聴こえてこなかった。

もしかしたら、何かあったのかと心配もしていたが…。

「そうか……良かった」

『あー、もう! マキさんはあっち行っててください! 悪い宏隆、何か言ったか?』

「…いや、何でもないよ。元気な彼女さんだね。今度ライブがあったら教えてくれよ、写真撮りに行くから」

『だから! 違うんだって!』

そんな風に、昔ながらの友人をからかったりしながら、俺は通話を終えた。

電話で話せなかったのは残念だが、ライブに行く約束をした。その時に、直接会って話をすればいい。

マキさんが覚えているという保証はなかったが、何となく彼女なら覚えているんじゃないかと思った。

スマホの電源をつける。ホーム画面は、あの夜に撮った歩道橋からの写真。お守りのように、あの日からホーム画面に設定してある。

それを暫く眺めて、俺はカメラを手に外へと向かった。

「叔父さん、行ってきます!」

それから暫く経った日。

俺は真斗のライブでマキさんと再会するが、それはまた別のお話。


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Ryo
小説家を目指して修業中のRyoです! 青羽シナリオラボという研究会のメンバーとして、色々と活動もしてます。