【バンド小説】Fools 第3話「夢みる 前編」

第2話 向き合うことを を読む

———誰だって自分のやりたい事がある。

それは寝る事だったり、食べる事だったり、勉強をしたり、遊んだり、本を読んだり、ゲームをしたり、歌ったり、絵を描いたり。

だけど、それが全て叶えられるわけじゃない。

そのことを知るのが大人になるという事なんだと、俺はそう思っていた。

「じゃあ、また明日ねー」

「うん、また明日」

手を振りながら歩き去る友人に手を振り返し、俺も帰路へとついた。塾の教科書やら勉強道具が入ったリュックを背負い直す。

吐き出すたびに白くなる息と、踏みしめるたびに鳴く雪。周りはすっかり真っ白な冬景色だ。信号待ちで立ち止まった時、鋭く吹きつけて来た風にマフラーを口元まで引き上げる。

降り積もった雪のせいで靴が湿っぽく足が冷えて来た。早く帰ってお風呂に入りたい。

青に変わった信号を渡り、交差する人並み。その足取りは一様に早かった。

見慣れた道を歩いていると、ふと本屋の店頭に並ぶ雑誌に目が行く。どこの国かは分からないが、自然と視線を向けてしまうような美しい夕日の表紙。

思わずそちらへと足を向けようとするのを、溜息と共に諦める。

今度はそのまま止まることも気が逸れることもなく、灯りのついた我が家へと辿り着いた。

「ただいま」

「おかえりー」

ドアを開け中に入ると、奥のキッチンの方から聞こえる母さんの声。ちょうど夕飯を作っているところなのか、その姿が廊下へ出て来ることはなかった。俺もまずは荷物を置こうと2階の自室へと向かう。

部屋のドアを開けてベッドへとリュックを放る。教科書などでそれなりに重くなったリュックを受け、ベッドが小さく軋みをあげた。

キッチンへと降りて来るとテーブルには既に料理が並べられていて、父さんも席に座っていた。

テレビを見ていた父さんの視線が俺へと向けられ、穏やかな笑みを浮かべる。

「おかえり、宏隆」

「ただいま、父さん。今日は仕事早く終わったんだね」

「あぁ、珍しくトラブルもなくてな」

そんな他愛もない家族の会話をしながら、俺は母さんの手伝いで残りの料理をテーブルへと並べていく。

そして全品用意が終わると、全員が席について夕飯の時間になった。

「宏隆。この前のテスト、またクラスで最高点だったらしいな」

「うん、まぁ」

「ふふ。この子ったら、自分からそんな事言わないんだから。わざわざママ友から聞いてきちゃいましたよ」

「はは、宏隆は謙虚だからなぁ」

あまり自慢したいとは思わないたちなので、両親の会話にはたまらず苦笑いを返す。

うんうん、と頷いていた父さんは、何かを思い出した顔で俺へとまた顔を向けた。

「そういえば、3年に上がったら進路調査があるんだろう? 宏隆はもう、どこの高校に行くのか決めたのか?」

「お父さん、まだ3年になるまで3か月もあるのよ?」

父さんの問いかけに呆れた顔をする母さん。それに父さんは小さく首を横にふった。

「いや、こういうのは早めに目標を決めて、それに向けて頑張る期間が長いほうがいい」

「まぁ、それはそうかもしれないけど…」

「もちろん、俺としては宏隆には高校も私立に行って、良い大学に通わせてやりたいと思ってる。そのための貯金もあるし、何といっても宏隆は優秀だからな」

そして俺へと向けられる両親の視線。

だが俺は、すっと目を逸らしてしまった。

「……もうちょっと、考えたい」

「そうよねぇ。友達はほとんど公立に行くのだろうし、まだ焦ることはないわ」

「まったく、母さん…」

そうやって会話が夫婦のものになっていくのを、内心安堵の息を吐きながら眺めていた。

そこから俺の進路の話へと会話の内容が戻ることはなく、俺は洗い物を手伝い終わると宿題を片付けに部屋へとさがった。

机に宿題を取り出し黙々とペンを走らせ、学校の宿題は30分ほどで、塾の宿題は40分ほどで終わらせた。

思ったよりも早く終わった宿題に、体を伸ばしながら視線を時計へと向ける。時刻はまだ21時半過ぎ。風呂に入っても、寝るにはまだ少し早いくらいだ。

着替えとタオルを手に取り、両親へと一声掛けてから風呂へと向かう。

さっと体を洗い、着替え髪を乾かして部屋に戻ると、時計はまだ22時半前を指していた。

特に眠気にも襲われることがなく、俺はスマホを片手にベッドに寝っ転がる。こうやって宿題が早く終わると自由な時間が出来るからありがたい。

SNSを開いて適当にタイムラインを眺めていると、そこに帰り際に見た雑誌の表紙を飾っていた夕日の写真が流れてきた。

「あ、この人の写真だったんだ」

写真の主の名前を確認すると、俺がフォローしている写真家のものだった。

多くの写真を撮ることはないが、一枚一枚が感動を与える人だと思っている。

他にもいろんな写真家の写真が流れていて、それを一つ一つ丁寧に眺めていると、気付けば日付が変わっていた。

慌ててスマホを閉じ明日の準備を済ませると、俺はベッドへと潜り込んだ。

**********

俺は、写真家になりたかった。

叔父に有名な写真家がいて、彼の作品を幼い頃から眺め続けていた俺は、いつの日か「叔父のような写真家になりたい」と考えるようになっていた。

美しい風景を。

哀しい物語を。

驚くような出来事を。

そして心が満たされるような感動を。

たった一枚の写真で多くの人に伝えられるような、そんな写真家になりたかった。

だけど、そんな子供の夢を叶えられる人間なんて、世界でどれだけいるだろうか。

ある時は失敗して、ある時は越えられない壁にぶつかって、そして挫折していく。そうやって、子供は大人になっていく。

俺が小学校6年の頃。その頃にはもう、写真家になりたいという夢を抱いていた。子供にしては、本気だったと思う。

だからこそ……初めて自分でとってきた写真を馬鹿にされた時は、本当にショックだったんだ。

『…これ、宏隆君が撮ったの?』

『うん! おれ、将来の夢は写真家なんだよ!』

『そっか……』

見せたのは担任の先生。別にあからさまに馬鹿にされたとか、写真を貶されたとかじゃない。

でも、その時の写真を見ていた先生の目で、何も感じていないのが、子供ながらに分かった。あったとしたら、それはきっと「失笑」とかだっただろう。

叔父や数多くの写真家の作品からいつも感動をもらっていた俺の心を砕くには、それだけで十分だった。

確かに、今なら先生の気持ちもなんとなく分かる。その時に撮った写真は、今の俺が見てもちょっと笑えない出来だったし。

だけど、それから俺は写真を撮るのが怖くなった。撮っても、それを誰かに見せることはない。

先生のせいだとは言わない。だが、きっかけではあったと思う。そして、先生のことは恨んでもいなければ、むしろ感謝している。

大人になって大勢の人に自分の写真を見せた時に馬鹿にされ、志を折られるよりは、子供のうちにその可能性を潰されていたほうが、よっぽど楽だし安全だ。

だから俺は写真家になるのは諦めた。

なのに、未練がましくSNSでは多くの写真家をフォローし、何十冊もの写真雑誌を買っている。

我ながら、馬鹿な人間だと思う。

「きりーつ、礼」

「ありがとうございました」

最後の授業が終わり、教団に立つ先生に生徒が一礼する。物思いに耽っていた俺は日直の子の声に我に返って、慌てて皆と同じように一礼した。

去り際に先生が宿題を出してクラスからブーイングが多数上がる中、リュックに荷物をしまい帰り支度を始める。

その時、俺の席に歩み寄ってきた友人が一人。

「宏隆、今日は塾ないんだろ? 一緒に帰ろうぜ」

「いいよ、真斗が寄り道しないなら」

「お前、まだこの前のこと根に持ってんのかよ。塾に遅れたことは謝っただろ…」

別にいいけど、と文句を言いつつも了承してくれる真斗は、小学校からの友人だ。俺が写真家になりたいという夢を抱いていた事を知っている、数少ない人間でもある。

ホームルームを終え、教室から生徒がゾロゾロと出ていく。部活に向かう者が大半の中、俺と真斗は少数派の帰宅部。

最近のテレビの話とか、漫画の最新巻の話とか。そんな事をダラダラと歩きながら笑いあって、学校から近い俺の家まで後15分ほどの距離まで来た時。

「そういや、宏隆は決めたか? 進路」

「…実は、まだ……」

「そうだよなぁ」

ふと思い出したように、真斗が尋ねる。昨夜、両親とその話に触れたばかりだったから、思わず答えるまでに少しどもってしまった。

頭の後ろで両手を組み、空を見上げる真斗。黙る俺に若干遠慮しながらも、続けて尋ねてくる。

「…本当に、写真家になるのは諦めたのか?」

「うん…そのつもり、だけどね。そのくせ雑誌とか買い続けてる自分が、未練がましくて嫌になるよ」

自嘲気味に呟く俺の声は、ちゃんと真斗には届いていた。

音楽が好きな彼は、よく耳が良いことを自慢している。実際、騒々しい人混みだろうとしっかり相手の声を聞き取ることができていた。

好きな事がやりたい事で、そして成せる力がある彼を、少なからず羨ましいと思う。

そんな事を考えていたから、無意識のうちに俺の口を言葉を紡いでいた。

「真斗はいいよね、才能があって。羨ましい」

「ふーん……俺は宏隆の写真、結構気に入ってたんだけどね」

「ははっ。ありがとう」

真斗の言葉も軽く流す。真斗は良い奴だから、俺を励まそうとしてくれているんだろう。

それなのに、俺が言ったのは皮肉のようにも受け取れる。本当に……こんな自分が嫌いだ。

その後は進路の話になることもなく、俺の家に辿り着いた。手を振って歩き去る真斗を見送り、俺も家へと入った。

翌日、俺は塾があって帰りはまた夜になった。

今夜は先日のような鋭く吹きつけるような風はなく、ただ澄んだ冷たい空気が静かに漂っているだけだ。

相変わらず吐く息は白くなるが、冬の醍醐味であるコレを俺は割と気に入っている。

帰り道にある歩道橋を渡っている時、何気なく下を見渡した。

「―――あ」

暗い夜道を照らす街頭と店の照明。その灯りに照らされる無数の人の姿。

そして、その周りを白く彩るように輝く純白の雪と、白くなる吐き出された息。

その二つの白が灯りを更に増幅させて、とても綺麗な光景に見えた。

無意識のうちに、ポケットから取り出したスマホのカメラを起動させていた。無心になってシャッターボタンを押す。

数分、そうやってひたすら写真を撮り続けた。我に返ったのは、撮れた写真に満足した時だった。

「…何やってんだろ、俺」

写真家になるのは諦めた、なんて。一体どの口が言うのか。

父さんの言う通り、目標は早めに決めた方が断然良い。写真家になるのでなければ、父さんの望むように私立に行くのがベストなんだろう。

ハァと大きく息を吐き出して、今の写真も消そうとした。

『―――』

「ん……?」

どこからか音楽が耳に届いたのは、その時だった。

微かに響いてくるギターと、女性の歌声。どうやら近くにある駅の方から聴こえてくるようで。

普段なら、どこからか音楽が聴こえてきても気付かないか気にもかけないのに、何故か自然と意識が向くような声だった。

家まであと僅かの距離。時間もまだある。

一応、少しだけ帰りが遅くなると母さんにメッセージを送っておく。そして声のした方向へと足を進めた。

歩いていくと段々と大きくなるギター音と歌声。近くまで行くと若干の人だかりができていた。

人垣の中心で地面に座り、ギターを弾いていたのは大学生くらいの女性だった。思っていたより若くて少し驚いた。

弾いている曲は俺の知っているものじゃなくて、おそらく女性のオリジナルなんだろう。人混みから少しだけ離れた建物の壁に寄りかかりながら、女性の音楽に耳を澄ませる。

そして彼女の歌う歌詞に、感情が揺さぶられた。

『さよなら夢のかけら もう探さないよ

そうやって諦めるのが 大人ってことだろ?

さよなら子供の僕 夢はみないよ

そうやって生きるのが 大人ってことだろ?

なら大人になんかならない そう叫ぶ子供の僕』

まるで、今の俺が悩んでいることを言い当てている気さえするような歌詞。

勿論そんな事はないと分かってはいるけど、それでもタイミングが良すぎると思えるほど。

呆然としている間に演奏が終わっていて、人垣から拍手が上がる。女性も笑顔でお辞儀をしたり、賛辞に応えたりしていた。

それを暫く眺めていると、徐々に人垣が散っていき女性もギターをしまったりと片付けに入った。

その時の俺が何を思っていたのか分からないが、何故か足は彼女の方へと向かっていき口が勝手に言葉を発した。

「あの…」

【後編に続く】

 


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Ryo
小説家を目指して修業中のRyoです! 青羽シナリオラボという研究会のメンバーとして、色々と活動もしてます。