【バンド小説】FooLs第1話「FooLs」

 ———決断をするまでに、そこまで時間はかからなかった。

「ごめん。今日でやめるわ、俺」

 それまで騒がしかった部室内が静まり返った時も、どこか他人事のようで、画面越しの光景にしか感じられなかった。
 机やイス、その隙間を埋めるほど置かれた楽器や機材。楽譜なんて棚に戻されることなく至る所に散らばっている。
 二年と半年。お世話になったこの部屋とも、今日でさよなら。
 あと少しで引退だから。
本番もまだ残ってる。
何かあったのか。
引き留めてくる仲間の声も、どこか遠くにも聞こえて。くぐもってすら聞こえる声は、俺の鼓膜の奥にまで、届くことは無かった。

「…ごめん」

 そう呟いた自分の声も、脳内で再生された音声のようで。

 
 閉じた部室の扉の音は、きっと、自分の一つの未来が閉じた音。

**********

 混雑する電車の中、少しでも現実から逃れようと音楽のボリュームを上げた。
 ヘッドホンから流れるのは、歌手名も曲名も知らない曲。
 曲集めは大体が自分の耳で聞いて、気に入ったものを集める。もちろん友人や周囲から勧められたものもあるが。
 どうにも人に勧められた曲は長続きせずに、また「NO TITLE」に戻る。
 目的地の駅で降りたところで、ちょうど聴いていた曲が終わった。ヘッドホンを外して鞄の中へ突っ込む。
 この駅で降りたのは数人だったが、乗り込む人は多くその間を縫って改札まで急いだ。
 そのまま駅を出て慣れた道を歩いて十五分ほど。
 三角立ての看板が出されているビルの、地下へと降りる階段を下る。色々なステッカ―が貼られている黒いドアの前で、一息ついてから押し開けた。

「おはようございまーす」
「おう、今日も早いな」

 カランカラン、というベルの音が店内に響く。カウンターの方から、この店のマスターの谷さんが笑顔で返してくれた。
 薄暗い照明で照らされているフロアとカウンター。そして、対照的にスポットで明るく輝いている小さめなステージ。
 いわゆる、ライブハウスと呼ばれる場所だ。そして俺のバイト先でもある。
 開店前だから当然客はいないが、ステージには珍しく人がいた。ショートカットの女性が一人、肩にはギターケース。

「あの人は今日の?」
「そうそう。いやぁ、最近はステージを使うこともめっきり少なくなったからな」
「ただのバーみたいになってますもんね」

 店の近くに新しくライブハウスが建ったらしく、出演者がパッタリと途絶えて久しい。谷さんも店内の寂しさを誤魔化す為に流すCDを買いまくっているし。
 ステージ上でマイクの高さを調節している女の人を嬉しそうに眺める谷さん。
 そういえば外に出されてた看板も、いつもより手が込んだ仕上がりだったな。ホワイト以外のカラーペンなんていつぶりだろう。
 谷さんが上機嫌で開店準備をしている横を通り、カウンター奥のスタッフルームでバイト用の服に着替える。
 黒を基調にした目立たない服に着替え終わると、またフロアへと戻った。

「谷さーん、あと何が仕事残ってる?」
「それは……あ、マサ! シールドってどこ置いたっけか」

 フロアでは谷さんが女の人と打ち合わせをしているところだった。弾き語りなのかスタンドとマイク、そして彼女が座るのであろうイスだけが準備されている。

「この前、掃除した時に線が切れてて捨てたじゃないですか…」
「あ……そうだったな」

 呆れて返すと照れ笑いを浮かべながら新しいシールドを取りに行く谷さん。あまりに使ってなくて傷ついてないといいけど。
 谷さんが奥に引っ込むのを見送ると、ステージから視線を感じた。見ると女の人は何故かパッと顔を逸らす。
 その後も何事もなかったかのようにマイクの高さ調整に戻ったから、俺も気のせいだろうということにした。
 それからは久し振りのライブハウスとしての仕事に張り切る谷さんに女の人(マキさん、というらしい)の事は任せ、俺は開店の準備にかかった。
 そして、開店時間。

「あれ、珍しいねぇ。今日はゲストがいるんだ?」

 繫盛期からの常連である辰巳さんが、ドアベルの音を響かせて入ってきた。いつも仕事の帰りに寄ってくれるから、今日もスーツ姿のまま。
 ステージの準備はもう済んでいるので、マキさんが一人ステージ上で待機している。谷さんは裏で簡単な料理の仕込み中。お客さんではなくマキさんにあげるんだそうだ。

「仕事お疲れ様、辰巳さん。マキさん、っていう方らしいです」
「へぇ、女の子で音楽活動かぁ。頑張るね」

 感心したようにマキさんを眺める辰巳さんに、いつも注文しているコーヒーを出すと、ありがとう、と受け取りカウンター近くの席に腰掛けた。
 マキさんの方は準備が済んでからマイクの電源は切ったまま弾いてみたり、軽く歌ってみたりしている。
 ふと、顔をあげたマキさんが辰巳さんと目が合うとニッコリと笑った。…俺と目が合ったら速攻で逸らした人とは思えないな。
 辰巳さんも笑顔で手を振ったりと、和やかな空気の中なんとも言えない気持ちになる。
 開店から三十分ほどで、店内は二十名弱の客入り。繁盛期よりは少ない人数だが、ここ最近では多い方だな。
 谷さんも嬉しそうにフロアを見回している。

「うんうん、いいね! 今日は盛り上がりそうだ」
「そうだねぇ」

 子供のようにわくわくとした表情で、話し相手の辰巳さんも苦笑している。
 おじさん二人が和気藹々と語り合っているのを、カウンターで注文のドリンクを作りながら聞くのがバイト中の俺の日課になっていた。

「彼女はソロなのかな?」
「あぁ。今のインディーズの中で、特にソロではかなり力がある子だな」
「若い女の子なのに凄いなぁ。メジャーには行かないのかな」
「声は掛かってるらしいけど、俺はこのままインディーズとして頑張ってもらいたいね」
「……谷さん、ちょっと質問しても良いですか?」

 盛り上がってるところに水を差すようで悪いが、会話の内容に気になることがあった。
 申し訳なく思うも、谷さんも辰巳さんも特に気にした様子はない。

「ん? どうした」
「インディーズとメジャーって?」
「あー、マサはそういう部分には弱かったな」

 普段から仕事としての音楽について話をしている谷さんが、納得したように頷く。

「まずインディーズってのは、ざっくり言えば個人で活動している奴らのことだな。逆にメジャーってのは、どっかの会社に所属している奴らだ。まぁ、テレビとかでよく目にするのがメジャーで、路上とかライブハウスとかならインディーズだと思っても大丈夫だろう」
「じゃあ、さっき辰巳さんがメジャーに移動って言ってたのは、どこかの会社に所属するってこと?」
「そうだねぇ。個人で活動するには、やっぱり限界があるから。メジャーに行った方がメディアへの露出は増えるだろうなぁ」
「インディーズってだけで、CDの取り扱いをしてくれない店もあるしな」

 二人の説明に、なるほど、と頷く。確かに、それならメジャーに行ったほうが良さそうに思える。
 それなら、なんでマキさんはインディーズとして活動しているんだろうか。
 ふと不思議に思ったが、谷さんの説明が続いたのでそちらに意識が向いた。

「まぁ、インディーズだからといって舐めてると痛い目みるけどな。彼女のようにインディーズでも、それだけで生活できる奴らもいるからな」
「…それなら、マキさんってかなり凄い人なんですね」
「そうだぞー。並みの覚悟じゃ、インディーズで食っていくってのは夢の話だ」

 改めてマキさんを見ると、段々と増えるお客さんを前にしても堂々としていて。
 静かにイスに座ってギターを構える姿は、女性だけど「格好いいな」と感じた。

 開店から一時間。客入りは約三十名前後にまで増えた。
 マイクを持った谷さんからの合図で、フロアの照明を落としてステージを明るくする。

「今日は久々の生演奏になります。ゲストのマキさんです」

 立ち上がり紹介に一礼するマキさん。フロアから歓迎の拍手があがる。
 マキさんが席に着き直したところで、彼女のマイクの音量をあげた。

「みなさん、こんばんは。マキっていいます。今日は私にとっても久し振りのライブになりますので、少し緊張しています……でも、本気で演奏するので、本気で聴いてください」

 そういって座ったまま軽く頭をさげるマキさんに、再び拍手が起こった。そのタイミングでボーカルマイクとギターマイクの音量を調節。フロアの照明を完全に落とした。
 顔を上げてステージで一人、スポットライトの下ギターを構え直すマキさん。
 真っすぐにフロアを見つめて、彼女の音楽が始まった。

 二十分ほどで五曲、マキさんは歌い切った。
 しっかりと聴いていたはずなのに、最後の曲を歌い終わった時の拍手の音で意識が戻ったような感覚があった。
 マイクに拍手の音が入っていて、慌てて音量を落とす。フロアの照明も元の明るさに戻した。
 立ち上がって深く頭を下げるマキさんに再び大きな拍手があがり、それを合図にステージの照明を落とした。これでステージは終了だ。
 お客さんは帰宅する人達、そのままドリンクを飲んで語り合う人達に分かれた。店内に小さくBGMを流す。
 ケースにギターをしまっているマキさんのもとへ、カウンターから谷さんが移動してきた。満足そうな笑みを浮かべて片手を差し出す。

「いや、評判以上の演奏だった。さすがだな」
「ありがとうございます。私も楽しかったので、また呼んでくれると嬉しいな」
「もちろんだ」

 差し出された手を笑顔で握るマキさん。谷さんも嬉しそうに握り返している。
 二人が手を放すと、彼女の視線が俺に向けられた。先ほどとは違って、変に逸らされることなく微笑まれる。

「マサ君、だっけ? 君もありがとうね」
「いえ……あと、俺の名前は深山真斗です」
「なるほど、だからマサか。私もマサって呼ばせてもらっていいかな?」
「…はあ」

 別にマサと呼ばれるのが嫌なわけでもないので、適当に頷いておく。やっぱり、さっき目を逸らされたのは気のせいだったのだろうか。
 笑顔のまま求められた握手を交わし、軽く頭を下げた。
 それから谷さんは接客の方に専念することにし、俺がステージの片付けをする流れになった。

「…あの、マキさん。少し聞いてもいいですか?」
「お、いいよー。私が答えられる事なら答えちゃうよー」

 片付けながら軽く会話を交わしただけで、マキさんはかなり砕けた口調と雰囲気になった。元々がフレンドリーな性格なんだろう。裏でコードを回収する為に巻きながら声をかけると、何故か嬉しそうな顔をされた。

「マキさんって、メジャーから声がかかってるんですよね」
「うーん、自分でいうのは恥ずかしいんだけど。まぁ、そうだね」

 照れたようにはにかむマキさんが、はい、と綺麗に巻かれたコードを差し出してきた。ギターをしまい終わったので手伝ってくれている。
 ありがたいが、ゲストに手伝わせてしまって恐縮するばかりだ。お礼を言って受け取った。

「失礼な質問かもしれないので申し訳ないんですけど……どうしてインディーズのままで活動をしてるんですか? メジャーならもっと売れると思うんですけど」
「マサ君。君はちょーっと勘違いしているよ」

 人差し指を突き出し、チッチッと大げさな身振りで芝居くらい動きをするマキさん。

「え?」
「確かに、後ろ盾のあるメジャーの方が宣伝費が圧倒的に多いし、メディアに取り扱ってくれる機会も多いから売れる可能性は高いかもね。でもメジャーはその分、縛られることが多いんだ」
「縛られること、ですか?」
「そう。後ろ盾があることは心強いことだけど、その会社の顔も窺いながら音楽をしなきゃいけない」

 言い方は悪いけどね、と笑うマキさん。
 コードの回収も終わって、二人でステージの端に腰かけて話すことにした。谷さんには「良い機会だから話してこい!」と許可は貰った。
 カウンターからお茶を入れた二つのグラスを持ってきて、片方をマキさんへと渡す。

「ありがと。まぁ、ただ仕事としてやっていきたいだけならメジャーは十分すぎるくらいだよ」
「でもマキさんも仕事としてやってるんじゃないんですか?」
「あー、違う違う。いや、違くはないけど。私はね、仕事が音楽なんじゃなくて、音楽が仕事になっただけ」
「…?」

 イマイチ呑み込めていないのが顔に出ていたのだろう。マキさんが苦笑しつつ、話を分かりやすく説明してくれようとする。
 一口グラスを傾けて、また口を開いた。

「マサ君は、音楽は好き?」
「そりゃ、ライブハウスでバイトするくらいですし、好きですよ」
「そんで、昔にバンドとか組んでた口だ。分け合って脱退しちゃった感じかな」
「……よく、分かりましたね」
「左手の指がそんなに硬くなるのって、ギターとかベースやってる人に多いからね」

 彼女の言葉に、思わず自分の左手を見下ろす。確かに、俺の指は長年ギターを触ってきたせいで、かなり皮が硬くなっている。

「あと動きね。実際に演奏する側に立ってみないと、マイクの位置とか微妙にズレちゃったり、音のバランスが悪かったり。もちろんプロなら違うけど、ただの学生で、しかもバイト生があそこまでキッチリと仕事ができるとはちょーっと信じられないなぁって」

 谷さんにすら伝えていない事を言い当てられ、思わず歯切れの悪い返事をする俺に、マキさんが一つ一つ理由をあげる。
 なんとなく説明するのが気まずくて、バイト面接の時に「バンドの経験はない」って言ったんだよな。
 。それでも、学校内だけじゃなくて外部のライブハウスから路上、イベントに出させてもらったこともあった。

「…辞めた理由が本当に、俺の身勝手過ぎて、谷さんにも言えてないんすよ」
「ふーん。ま、詳しい事は聞かないけど。でもバンドに入って、活動するくらい音楽がすきだったんでしょ? それならさ、音楽で生きていけたらいいなって、思った事ない?」
「ありますよ、もちろん。でも、俺の実力じゃ到底無理だと思ったんです。音楽だけで食っていけるほどの実力はない、だけど他の仕事をしながら両立させられるほど器用じゃない」

 退部した時の記憶が思い出されて、つい顔を顰めてしまった。
 あの時の、皆の失望した表情はきっと忘れないだろう、一生。そして、忘れちゃいけないんだ。
 割と強い口調で話したせいか、なんとなく重たい雰囲気になる。申し訳なさそうな顔をするマキさんに、大丈夫です、と短く返した。
 俺の手に持ったお茶を一口飲み込み、マキさんに先を促す。

「つまりマキさんは音楽がしたいから、音楽を仕事にしたってことですか」
「うん。それにただの音楽じゃないよ? 私は『私』の音楽を表現したくて、それが奇跡的に多くの人に共感して貰えて、そして仕事として成り立たせることができた。……うん。本当に、奇跡なんだよねー」

 最後の部分は、自分自身で噛み締めているようだった。
 マキさんの言う通り、奇跡のようなものだと思う。人それぞれの感性がある中で、大多数に共感されるような『自分の音楽』。

「…俺、さっきのマキさんの演奏聴いてて、本当に凄いなって思ったんですよ。音楽が輝いているように感じたんです。マキさんの、音楽が」
「…うんうん、良いこと言ってくれるね、君! 私もマサ君のその感性、好きだぞ!」

 本当に嬉しそうに笑うマキさんに、思わずこちらも笑みがこぼれた。
 俺にはもう手の届かないであろう未来へと真っすぐに進むマキさんは、純粋に格好いいと思う。
 あの時辞めずに続けていれば俺も同じステージに立てたかもしれない、なんて考えが頭を過った自分が恥ずかしいな。

「そうだ! マサ君も一緒に演奏しない⁉」
「はい⁉ え、無理です無理です。だから俺ってそこまで実力ないんですって」
「だいじょーぶ、私が教えてあげられるし時間は人生分だよ! いつもとは言わない! ここでライブさせて貰う時だけで良いから!」

 お願い、と下げた頭の上で手を合わせるマキさん。

「なんならバンドとして起ち上げてもいいよ! そうだなぁ、『FooLs』ってのはどう⁉ たとえ多くの人から馬鹿な奴らだと思われても、自分の音楽を貫き通す! あ、とっさの思い付きとはいえ凄い気に入った! よし、バンド名は『FooLs』で決定ね!」
「ちょっと待って、まだやるなんて言ってないです! 一人で暴走しないで!」

 顔をあげたと思えば勝手にバンドを組む流れにもっていくマキさん。凄い目が輝いてる。演奏中くらい輝いてるかもしれない。
 冗談だと思ったが、これは本気で誘われているのだろうか。
 いや、でも、俺はもう演奏する側にはならないって決めて退部までしたんだし何よりバイトがかなりシフト入ってるし。

「谷さーん! ちょっと相談がー!」
「ちょ、マキさんストップ!」

 ちらっと谷さんの方を窺ったのがバレたのか、先手をうって動き出した彼女を止めようと俺もカウンターへ駆け出した。

 この後どうなったかは、また別の物語で。

 


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Ryo
小説家を目指して修業中のRyoです! 青羽シナリオラボという研究会のメンバーとして、色々と活動もしてます。